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<description> （24時間おきに更新中）</description>
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<title>洗脳支配ー日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて</title>
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<description>本書は世界の実像を解き明かした内容となっています。端的にいえば、世界は２大財閥の勢力下にあり、支配されているというものです。明治維新も全て外国勢力の指揮下の元、遂行されてきたという裏歴史を紹介してい...</description>
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<![CDATA[
本書は世界の実像を解き明かした内容となっています。端的にいえば、世界は２大財閥の勢力下にあり、支配されているというものです。明治維新も全て外国勢力の指揮下の元、遂行されてきたという裏歴史を紹介しています。

大筋において正しいでしょうし、こういった書籍やＨＰも大変多くあります。本書も一つの啓蒙書としてはよいかと思います。

がしかし、内容を精査すると誤った箇所もあり、しかも説明不足もあります。初めてこういった類の本を読む人には理解不能に陥るだけでなく、全体に貫かれている悲観的な雰囲気だけに飲み込まれて厭世感を抱いたり、世間を憎悪する心を育む洗脳下に置かれることもありえます。

そういう意味で、この著書も一種の洗脳本といえます。いわゆる陰謀論や短絡的な結論へ誘う心配もあり一種のアジテーションに堕している点が非常に気になります。

この手の本ならば副島隆彦氏などの真面目に追及している書がお勧めでありましょう。苫米地氏は専門外すぎる感があります。おそらく散在するさまざまな情報を寄せ集めて書き上げたものだと思われますが、餅は餅屋に徹するべきでしょう。
 他の著書でも、感じるが、相変わらず軽快にテンポよく、著書の自説が展開されている。第1章の明治維新以降の話だが、個人的意見として、「ああ、それはそうだよな。」と自分も経験し、またなおかつ体験していることがある。薩摩、長州に関する話が、そうである。

 平成の世の中でも、いまだに鹿児島県ではなく、薩摩藩、長州という世界で生きている人たちはいる。そしてその中で育ってきた人たちは、さして違和感を感じることもなく、ある意味、平成と戊辰戦争、幕末の世界観の間で生きている。

 外部の人や短期滞在者（単身赴任などの数年間滞在含む）がいない日常会話の中で、あの人は長州だから、とか会津ものは〜という言葉を発し、明治〜第二次世界大戦までの世界観による価値基準をもとに、ある程度の行動が決められることがある。

 生まれたときから、そういう世界で育ったものは、洗脳されていると思うことない。なぜなら、それがその人たちの世界なのだ。だから、他の人から見れば、その恩恵はおかしいのじゃないの、どうして、あなたたちだけ違反を免れるの？と思われても、その人たちにとっては、ある意味当然のことだし、その理由は、自分たちは同属（同族・同県）だからさ、ということになる。

 本著では、後半、対IMF戦略について語られてる。紙面の都合もあるだろうが、ベチユニットの説明箇所が性急過ぎるように感じられ、肝心なポイントを逃す読者もいるのではないだろうか？

 私、個人として、本著で最も重要だと感じたのは、200ページの「支配されないために私たちがとりうる一番の手段は、自分の消費を自分でコントロールすこと。」の一文である。
 この消費は、食事だけでなく、お金、情報の選択すべてが含まれる。

 一つの情報を元に、自分の思考で考えること。これが極めて重要だ。
 「どうして、海外ニュースは、衛星放送ではない一般放送ではほとんど放映されないのか？」、「食品偽装のニュースは垂れ流しされているが、解決策はどうして並行放送されないのか？」…どうして、なぜ？と疑問を持つと同時に、この情報を流すことによって、誰が得をしているのか？を考えると、思わぬ答えが見えることがある。普段わたしたちが目にし意識する日常の世界や、メディアを通してつたわってくる各種情報は、現実社会のほんの断片でしかないですが、それらは意識的に操作されており、この現実世界を支配し一般民を奴隷のようにコントロールしよう、利用しようとしている一握りの人々が世界にはいることを気づかせてくれる本です。そういうと「すべてを支しコントロールできる力は存在しない」と切り捨ててしまう人は多いとおもいますが、そういう意味ではありません。

人間世界が人の営みで成り立っており、人々の集まりが地域や国や民族などの集団を構成しているという事実は、逆にいえば同じグループに属する人々は「自分たちに有利な世界になるよう望みながら生きている」ことも現実としてあります。また望む世界を築いた人々は、既得した利権や力を使ってさらに自分たちを守り利する発想で動くものです。これも多くの人々がもつ、潜在的な本能の1つかもしれません。

この本は彼の他の本同様に、彼独自の突拍子もない発想による表現や、裏付けがあるのかどうかもわからない展開が多くでてきますが、それらをさっ引いて読んだとしても、この世界には自分を「保する」「利する」「他と差別する」意識をもった人々が常に存在し、彼らは自分に有利な世界を作ろうとしていることを、改めて気づかせてくれる1冊です。洗脳を解くためには、まず『洗脳されているのでは？』と疑念を抱かせなくてはならない。そういう点で、この本を全日本国民が読むべきだと思う。しかし、分かりづらいので『アメリカの日本改造計画』を読むのが良いかも。

郵政民営化が米国債を買わせるためというのは、全く正しいです。双子の赤字のアメリカは『資本流入』でかろうじて生き存えています。マスメディアのさじ加減で、郵政解散・小泉圧勝から安倍惨敗まで何でも可能です。アメリカのためになる小泉はもて囃され、日本のためになる安倍は連日バッシングされ、国民みずからお灸をすえる。

日本で人気のCOACH社が粗利70%なのを鑑みれば、ブランド品がいかに無駄遣いか分かります。日本の道路が左側通行なのも、トリビア本にあるような『武士が刀がぶつからないように』ではなく『英国と深いつながりがあったから』と自力で考えて答えを出せる人が増えないと、日本はよくなりそうもない。ある程度の事実を交えつつ、トンデモ主張を織り交ぜ、この人は一体何が目的なの？
立派な経歴で頭も相当良いみたいだから、こんなB級本書いてないで、もっと世のため人のために頭を使ってくださいな。
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<title>時間は実在するか (講談社現代新書)</title>
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<description>驚くほどつまらない本。
作者の意図なのか、それとも書き方の癖かはっきりしないが、
文章の中に補注のための括弧が散見し見苦しい。
必要の無い括弧による意味補強も多々、
また、同じ語彙のしつこいくらいの...</description>
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<![CDATA[
驚くほどつまらない本。
作者の意図なのか、それとも書き方の癖かはっきりしないが、
文章の中に補注のための括弧が散見し見苦しい。
必要の無い括弧による意味補強も多々、
また、同じ語彙のしつこいくらいの反復によって、更に読むのが嫌になるという悪循環。
他の方のレビューと私の読後感が是ほど乖離していることも初めてだし、
読むのが苦痛だった本は久しいので驚いています。
「時間」には
我々が実経験する「時間」
物理学的な「時間」
形而上学的「時間」がある。

形而上学的な「時間」についての良書であると思う。
途中からの自論が展開されるからこそ、作者の迷宮での奮闘振りが伝わってくる。

実は「物理学的時間」も素粒子論のミクロ世界になるとC時間が現実になるのか・・・？
因果律と「時間」の矛盾とかいろいろと考えながら読んで楽しませてもらいました。

筆者の説明は（おそらく大学の講義で、学生からの質問に答える中で形作られたものと思われる）痒いところに手が届くものであり、筆の運びも軽やかで大変読みやすい。
時間の哲学に関する本は数多く出ているが、そういったものを読む際の基礎的な考え方を身につけるための入門書として、本書は最適であると感じられる。
筆者の時間に関する視点も、大変スリリングで面白い。考えれば考えるほどわからなくなる「時間」というもの。
それをわかりやすく説いているのが本書。

ただ、わかりやすいといっても後半は結構難しい。
筆者の新語もちょっととっつきにくく、混乱させられるかもしれない。

ただ、前半のマクダガードの議論とその欠点まではすらすら読める。そこまででやめても十分なぐらいの良書。時間に関する本は何冊か読んだけど、この本が一番おもしろくて、わかりやすかったし、すごいと思った。流石に最後のほうは難しかったけど、途中までスラスラ読めたし、哲学の中で、時間がどんな風に問題になっているのかがよくわかる。読んで絶対損はない。哲学が好きな人は（笑）

時間について書かれた本で、どれを読むか迷っている人は、とりあえずこれを読めば大丈夫☆
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<item rdf:about="http://28bookshop.bestbook-shop.com/detail/03/4774127280.html">
<title>Life Hacks PRESS ~デジタル世代の「カイゼン」術~</title>
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<description>発売から日が経ってきて一部古い情報(Googleサービス紹介等)や、ちょっと物足りない記事もありますが、それでも、私の中では最もおすすめできるLifehacks入門書籍です。
特に、百式管理人 田口...</description>
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<![CDATA[
発売から日が経ってきて一部古い情報(Googleサービス紹介等)や、ちょっと物足りない記事もありますが、それでも、私の中では最もおすすめできるLifehacks入門書籍です。
特に、百式管理人 田口さんのGTD記事が、GTDのエッセンスを端的にまとめられていてとても良いです。
私自身これで、GTDを知り、Moleskinの手帳やストラップボールペンを買い、マインドマップメモをはじめ、、、と、かなり影響受けています。

とにかくもLifehacksは楽しい!実践しやすいライフキットと伺っていましたが、最終的には自分自身がそれになっとくできるのかどうか。生活習慣を変えるというのはなかなか難しいことであると、この本を実践してみて改めて思いました。アイディアのストックにどのような種類があり、それを実現してゆく過程でどのような作業があるのかを知っておくという意味では評価できる本でした。他の方もレビューで書かれていますが、
LifeHacksの取っ掛かりとして最適の1冊だと思います。
GTDが簡潔にまとまっていて、
GTDの入門書としてもよいと思います。

発刊されて時間が経っているので、
Googleのサービスについては、
多少状況が変わっています。
利用する際は、最新の状況を自ら確認する方がよいと思います。

プレゼンに関する特集は、
コレまでにプレゼン関連の書籍を読んだことがある方には、
目新しい内容ではありません。「毎日残業続きだし、休日も会社で仕事。心身ともに疲れ切って読書をする余裕さえない」
お！これって自分のこと？と思ったあなたは読んでください。
巻頭の「life hacks ベストセレクション」を読むだけでも、効率的な時間の使い方や仕事も含めた生活の改善方法のヒントが見付かることでしょう。

今、life hacksやそれに派生するGTDの関連書籍が多数出ていますが、この本ではそれらのエッセンスが分かりやすくまとめられているので、数ある生活（仕事）改善術の中で自分にあった方法はどれなのかを見付ける手助けになります。
その後で、もう少し深く掘り下げて書かれている本を読めばいいのではないでしょうか。

その他、Google、情報整理、プレゼンの特集もありそこそこ使えます。
とにかく、このムックは手っ取り早くて良かったです。いろいろ書かれていますが、要は頭の中で気になっていることを外部に記録する事です。
その為の手段がいろいろ書かれていますが最終的に自分の合った形になるまで少々時間がかかりました。（大体慣れて自分なりの方法が確立するまで数ヶ月）
でも手段としてのノウハウが載っていたりとっかかりとしてはかなり有益でした。

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<title>哲学の謎 (講談社現代新書)</title>
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<description>平易な言葉で分かりやすい理屈が延々と続く、そんな哲学書です。
１文１文は分かりやすい理屈で、あっという間に読み終えるかも知れません。
その点では『ツチヤ教授の哲学講義』に通じるものがあります。
しか...</description>
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<![CDATA[
平易な言葉で分かりやすい理屈が延々と続く、そんな哲学書です。
１文１文は分かりやすい理屈で、あっという間に読み終えるかも知れません。
その点では『ツチヤ教授の哲学講義』に通じるものがあります。
しかし、考えて納得しながら読もうとすると、前に進めなくなります。
納得するまで自分で考える。
これが哲学で最も大切なことであると同時に、哲学者の名前と学説の暗記の
ために哲学の本を読むのは止めた方がいいよ、という著者の声かもしれません。
この本をきっかけにさらに難しい哲学書を何冊も読んでから、もういちどこの本を
読み返すと別の視点が見えてくるはずです。
逆に言うと、この本だけで考えようとしても限界があると思います。
入門書であると同時に、折に触れて何回も読み返すべき本であると思います。哲学者や専門的な用語は出てこず、哲学の歴史については学べないが
対話形式で書かれており非常に読みやすかった。
哲学の醍醐味、真髄を分かりやすく簡単に知ることが出来る本である。

本の内容は世の中で役に立ちそうにないが、逆に、短い人生の中で役に立つ
知識だけが良い人生を送るのに必要な要素でもないと思う。
直接的に役に立たないからこそ純粋に楽しめると思うし、人間特有の営み（理性）の
大切さが実感できる。

そんな哲学の世界に入っていくのにとても良い入門書だ。いわゆる王道の「哲学」を簡単に学べる本。
内容は対話形式で進むので非常に読みやすい。
哲学とは自己との対話なのだと再認識さてくれる本です。

哲学の入門書としても◎。 哲学入門の本は今までいくらか読んできたけれども、ここまで親しみの持てる本は少なかったように感じます。哲学関係の本の項をめくれば、必ずと言っていいほど難解な語句が嫌というほどちりばめられているものですが、この本はそう言った類いの文句はほとんどなく、安心してさらっと読みこなす事が出来ます。また、対談のような方式を取っており、タイトルの恐ろしく壮大なイメージとは違って、とても分かりやすいです。
 内容はごく身近な当たり前の概念や感覚を解剖して、いったいどこでそのような理解が生じるのかと原因の追求をしていく形を取っています。例えば、
 『夕日は私たちから見れば赤いが、人間が絶滅し赤を認識できない生物、もしくは私たちが認識できる以上の色を知る生物のみが生き残り夕日を見たとき、夕日は赤いのか？』
 といった認識の問題テーマから、規範の成立や言語の不確かさなど、それまで抱いていた価値観や世界観を大きく揺さぶられる興味深いテーマばかりです。哲学という言葉から感じさせられる学問臭さなど微塵もありません。
 一読に値するいい本だと思います。対話編で書かれた、簡単な哲学の本。
といっても、難しい哲学者の名前などは一人も出てこず、また難しい用語も出てこないので安心して読める。

日常の言葉で、周りにある哲学的命題をわかりやすく投げてくる。
例えば、認識の問題、記憶の問題、自由意志の問題など。

どれも、根本的な問題であって、考えるに値するものである。
暇なときに、投げかけられた問いをじっくりと考えてみるのもいいだろう。
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<item rdf:about="http://28bookshop.bestbook-shop.com/detail/05/4061488988.html">
<title>はじめての構造主義 (講談社現代新書)</title>
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<description>主にレヴィ・ストロースが構造主義を構築するまでの経緯を平易に解説した良書。
数学や言語学との関連が良く分かり、人類の思想の発展を概観することができる。

ただ、それぞれの学問のTopics自体は本来...</description>
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<![CDATA[
主にレヴィ・ストロースが構造主義を構築するまでの経緯を平易に解説した良書。
数学や言語学との関連が良く分かり、人類の思想の発展を概観することができる。

ただ、それぞれの学問のTopics自体は本来高度な専門知識が必要とされるものなので、
なんとなく分かった気にはなるが、本当には理解できていない。

著者も書いているが中学生や高校生にも分かる入門書という意味では、非常に良い書籍。 1948年生まれの著名な＜言語＞派社会学者が1988年に刊行した、構造主義思想の入門書（1996年18刷）。構造主義とは、西欧文明中心の近代を批判し、現代思想の時代を切り開いた思想であり、通常ユダヤ系フランス人類学者レヴィ＝ストロースの名と結び付いて論じられる。したがって著者は、主としてレヴィ＝ストロースの思想史的背景を探ることにより、構造主義の核心に迫ろうとする。レヴィ＝ストロースは、機能主義人類学の限界を乗り越えるため、ソシュール一般言語学、ヤーコブソン音韻論の二項対立原理、モースの贈与・交換論を親族（婚姻関係）・神話研究に応用する。彼の本領は、神話研究の方で発揮されたようで、同一系統神話同士を比較し、神話の筋を無視して（主体・テキストの解体、歴史の無視）神話素に解体し、それらを貫く対立軸を発見し、隠された深層構造を把握するという手法（テキストの「読み方」の前景化）だった。その際、彼の構造理解は、人的な面で数学者集団ブルバキの影響下にあることが確認され得、したがって構造は変換とセットで考えられるべきであり、視点（主体）の差異が無視されること（遠近法の解体）で、浮かび上がる仕掛けになっている。それ真理の相対化（「制度」化）の過程でもあり、西欧の思想と「未開」の神話の間に、本質的な差異は無いことになる。著者はこのように構造主義の思想史的意義をまとめた後、その他の代表的な現代思想家を一瞥し、日本においてはポスト構造主義よりもまず自前のモダニズムの方が重要であるという、それなりに妥当な持論を主張している。一応構造主義が分かったつもりにはなれる本だと思うが（人類の最深層の思考の共通性を取り出すための思想と言って良いのだろうか）、著者も指摘するように、この方法が本当に「客観的な」方法かどうかはやはり疑問だ。 構造主義は分かりにくい．構造主義の何たるかを知
りたいと本書を手に取った読者に対して，橋爪は潔く
裏切りを宣言します．ところが，分かりにくいものを
分かりにくいままで終わらせない，そこが本書の面白
いところ．構造主義それ自体を解説するというよりは，
レヴィ・ストロースが影響を受けた，いわば「周辺事
情」を並べるというスタイルで，構造主義に至る過程
を見事に解き明かしてくれます．

 視点をレヴィ・ストロースの傍に置くことは，構造
主義の理解を易しくするだけでなく，インセスト・タ
ブーと婚姻クラスの秘密を暴いた知的な興奮を僅かな
がら共有させてくれる，そんな副作用ももたらしてい
ます．

 楽しみながら学べる，魅力的な１冊．構造主義について学びたい方には最適な本だと思います。この一冊でレヴィ＝ストロースが現代思想に与えた影響が、いかに大きいかが分かると思います。ただ私的な不満を述べますと…

・はしがきに必要はないと書かれていたが、マルクス主義と実存主義に関する予備知識がある程度必要ではないかと感じたこと(特にサルトルに関しては、知らないと時代背景や考えの違いが良く分からないかも)。

・本書はあくまでレヴィ＝ストロースがメインの「はじめての構造主義」であって、他の構造主義四天王(フーコー等)は少し紹介されている程度だったこと。

以上が気にならなければ、是非購読をお薦めします。難しい事をメチャクチャ分かりやすく書いてある感じです。
婚姻のところは、紙と鉛筆を使って、しばらく考えましたが・・・。
よくよく考えると、まだこれで世の全てを語ったというより、
構造主義を理解する為に最も必要な部分だけを噛み砕いていて、
構造主義で語られるものの一部を語ったという感じです。
さらに深く入ってみたくなるような良書です。
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<item rdf:about="http://28bookshop.bestbook-shop.com/detail/06/4061493159.html">
<title>じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書「ジュネス」)</title>
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<dc:date>2008-11-20T06:52:42+09:00</dc:date>
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<description>名著である。哲学的な訓練を積み、なおかつ考え抜いた知性だけが能くし得る文章といえる。
一点だけ、電車内で化粧する女性についての一文は秀逸であり、考えさせられる。
それは脳の問題ではない。＜他我問題＞...</description>
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<![CDATA[
名著である。哲学的な訓練を積み、なおかつ考え抜いた知性だけが能くし得る文章といえる。
一点だけ、電車内で化粧する女性についての一文は秀逸であり、考えさせられる。
それは脳の問題ではない。＜他我問題＞である。これを＜脳の問題＞とする議論こそが「問題」である。『唯脳論』や大手メーカーの研究所で高給を取るらしいチンケな脳学者の本は端から御免蒙るが、ケータイ脳やケータイ猿といった議論も非常に危険なイデオロギーを含んでいることが、本書でハッキリわかる。「電車でお化粧」はハッキリと思想・哲学問題なのだ！
もちろんこれだけでなく、他の文章も繰り返し読むに耐える逸品の数々である。小林秀雄のエッセイ『考えるヒント』といったものにいまだに魅了される御仁には、是非読ませたい。文体に対する感覚、思考することの流儀がまったく変わってしまうだろう。「こだわりやしがみつきを手放すこと」についてあれこれ思う昨今であるが、人がとかくこだわり、そして悩みの種となっている問題に、〈わたし〉とか〈じぶん〉とかいったものがあるのではなかろうか。

これほど自明に見えて、これほど突き詰めていけばいくほど曖昧模糊として掴み所のないものは、他にそうないだろう。その困難を前にして、「自分はしょせん自分でしかない」といった類の思考停止を超えたところに、著者の思索の領域はある。実に言葉にしづらいテーマであるはずなのだが、著者の繊細な筆はそうした微妙なところをうまく言葉に乗せている。

語っても語っても伝わらないという体験は、誰にでもあると思う。とりわけ、「自己と他者」といったテーマにくくられるようなことについてそうした体験を持つ人は、この本を大いに参考とすることができるのではないか。哲学書だと思って読んだのが間違いだった。 
論理の緻密さなんてあったもんじゃない。 
話が飛ぶわ飛ぶわ、ぐるぐる回るわ･･･ 

でも、なぜか「読めてしまう」この不思議さ。 

ぐるぐる回って、 
着いたところは、 
「スタート地点」。 

普通なら怒りるところだが、 
妙に納得してしまいました。 

なにか答えを得ようと思っているひとには、 
オススメできません。追求すれば追及するほど、「じぶん」の存在が不可思議で壮大さが増して可笑しくなっていく。小難しい箇所もあるが、気が付けば本書に惹きつけられてハイペースに読破できてしまう面白みのある一冊である。じぶん」ってなんだろう、と誰もが一度は考えたことがあるかと思う。 
「じぶんらしさ」とは何か。じぶんの中にその答えを探しても、他人には無く、じぶんに固有のものなどありはしない。 
その答えは本書にあるかと言えばそうではなく、問いかけで終わっている。 
第一章を読むだけでこの本の価値は十分あると思う。

じぶんらしさなんか本当はどこにもない。 

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<item rdf:about="http://28bookshop.bestbook-shop.com/detail/07/4061494201.html">
<title>無限論の教室 (講談社現代新書)</title>
<link>http://28bookshop.bestbook-shop.com/detail/07/4061494201.html</link>
<dc:date>2008-11-20T06:52:42+09:00</dc:date>
<dc:creator></dc:creator>
<description>アキレスと亀のパラドクスなら、竹田せいじがすでに分かりやすく説明されている。世の中には
「今の数学の正統である実無限を否定し、
 可能無限なる反体制的思想を説くなどケシカラン」
とか
「タジマ先生が...</description>
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<![CDATA[
アキレスと亀のパラドクスなら、竹田せいじがすでに分かりやすく説明されている。世の中には
「今の数学の正統である実無限を否定し、
 可能無限なる反体制的思想を説くなどケシカラン」
とか
「タジマ先生がなにかというと愚劣というのがムカつく！」
とか
「タカムラさんが萌えキャラじゃない！（ｗ」
とかいろいろご意見をいうひとが多々いるようだが、
この本は、そもそもいろいろな意味で非常識というか
常識の背後に回りこんでヒザカックンをかますところが面白い
（とかくとなんかフザケているように聞こえるが、
 そうではなくてあくまでマジメである）ので、
本気でムカつかれても困るだろう。
個人的には、ぜひ映画化してほしい。
冗談ではない。マジメである。何となく見たNHKの爆笑学問に野矢先生が出ていて、芸人と言うかマスコミに
媚を売らない姿勢や正直な物言いにとても共感し、いつのまにか野矢先生の
ファンになりました。
(マスコミは弱者の顔をした権力を言われます)

野矢先生の本が無性に読みたくなって、何気なく手に取ったのがこの本です。
「無限論」と聞いただけで、殆どの人がある種のとっつき難さを感じるのでは
ないでしょうか。しかし、この本は最初の方で思わず吹き出してしまいまいした。
いるいる、タジマ先生のような押し付けがましい先生。そのタジマ先生に反感を
感じつつも食い下がろうとするひねた感じの学生。野矢先生が自分を投影して
いるのでしょう。二人のやりとりで「無限」の謎解きが軽快に進んでいきます。
そんな所にも野矢先生の「権威への反感」を感じますが、それは野矢先生を直接
ＴＶで見たから感じることなのでしょう。爆笑学問を見て良かったと思った唯一
の例です。でも、権威に反感を感じつつ、東大の教授におさまっている訳ですから
只者ではありませんね。自己矛盾かもしれませんが。

さておき、肝心の無限論については、最初から最後まで抵抗感なく追えるのですが
知れば知る程疑問が出てくる分野です。
所詮、論理学と言うか数学の証明は、議論のスタート地点を「〜主義」と称して
選択し、そこから論理ステップを展開し、出てくる結論を無条件に受け入れなさい
となる。それが感覚的にとても受け入れ難い結論であっても。

そのあたりの事情を良く踏まえて、押し付けがましさはタジマ先生に任せてしまった
のでしょう。このあたりの計算見事です。野矢先生はあなたの味方です。
ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の訳者解説で知って以来、
野矢氏の著作のファンで、ときどき思い出したように読んでいる。

本書のテーマは「無限論」。
高校の数学で無限級数を習ったくらいで、
「無限」がこんなに奥が深いものだとは、この本を読むまで知らなかった。

ゼノンのアキレスと亀のパラドックスはよく知られているが、
無限級数が発見されて、ゼノンのパラドックスは解けた、と聞いていた。
しかし、野矢氏は冒頭からこれをひっくり返す。

 アキレスは亀に1/2,1/2+1/4,1/2+1/4+1/8,と少しずつ追いついていく。
 しかし、アキレスが亀に追いついたその瞬間、最後に足した数はなんだったのだろう？
 無限に足せば１になる、ということと、
 無限の作業が終わる、ということは全く別である。
 無限級数はけっしてゼノンのパラドックスを説明しない。

なかなか刺激的である。
ボクとタカムラさんとタジマ先生の「架空の講義」という形式をとっているので、
説明が一方的にならず、行きつ戻りつしながら進む。
『哲学の謎』でも同様の対話形式がとられたが、
この方法が難解な話の理解を助けるのに役立っている、と思う。

筆者は無限論についてはまったく初めて読んだので、
この本に書いてあること自体の善し悪しはわからないし、
これで無限論が理解できたとも全く思わない。
しかし知的な好奇心を存分に刺激してくれる、という意味では、
大変に面白い本であった。
☆５のうえに１０があるなら、☆１０をつけたい。「読み進めてもらうための形式」そのものがあんまり好きになれなかった。
なんでもかんでも愚劣ですませるタジマ先生がうっとおしいし、
タカムラさんも「ぼく」もそれほど魅力的に感じられなかった。
別にタカムラさんにこの講義でしか逢えないわけでもないだろうに…

というわけで読み物的興味は早々に失ったので、あとは僅かな学問的興味のままにパラパラとめくっただけで、
よくわかんない。可能無限についても嫌いなタジマ先生の論ということで感覚的に拒絶。
こんな人はレビュー書いちゃいけないのかもしれないが、
私の哲学嫌いのきっかけになった本でもあるので、愚劣代表として偽らざる本音を述べてみた。
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<title>“現代の全体”をとらえる一番大きくて簡単な枠組―体は自覚なき肯定主義の時代に突入した</title>
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<description>この著者は元「分析」系の人です。でも分析系が、認知科学とかとぐずぐずになって、その不毛さに耐えられず、現代思想に首を突っ込んで、これもダメだみたいな感じで、現在にいたった人なのです。哲学が「学問」で...</description>
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<![CDATA[
この著者は元「分析」系の人です。でも分析系が、認知科学とかとぐずぐずになって、その不毛さに耐えられず、現代思想に首を突っ込んで、これもダメだみたいな感じで、現在にいたった人なのです。哲学が「学問」ではない、というのはセンセーショナルな意味ではなく、単純に「ハードサイエンス」と比較して、体系化が不可能である、つまり再帰性が限定的で、その（科学的）水準に構造的に到達する可能性がない、という著者の判断から来ています。ただ、これは「学問」という言葉の定義の問題に過ぎないので、その意味では正直どうでもいいことです。この認識の重要さは、「人間」の「原理」やら「正義」の「普遍性」やら、そんなものを追及しても、他者を抑圧し、大量虐殺を引き起こすしかないですよ、という著者の認識と連続しているのです。著者は、「哲学（思想）」を「科学（学問）」として扱うことの危険性を回避しつつ、その有用性を現代社会に生かすには、どうすればいいのか、という問いかけから出発します。そして、それは猥雑さの肯定主義というか、プラグマティックな「思想の活用法」として結実するのです。ですから著者の「民主主義」に対する肯定には、崇高な哲学的な概念などは存在しません。著者はこうした身も蓋もない思考は、現在の状況下において、もっと幅を利かすべきだと思います。自分の曖昧なアイディアを全体化させようと躍起になって、他人の思考の脆弱化ばかりを狙っている揚げ足取りのうまい自称「思想家」の人々の間に、「脱臭剤」として置いておきたいものです。ただこの人の「肯定主義」って、どこかで「自虐史観」に対する「新しい教科書を考える会」のスタンスとシンクロする匂いがしたりするのだけれど、気のせいだろうか･･･ とてもいい本だし、破壊力もある。しかも、それこそちょっと気の利いた高校生ならラクに読みこなせる、易しい言葉と、スッキリした論理で書かれている。 著者の主張はp175に、これ以上ないほど簡潔明瞭に述べられている。要するに「普遍的な正義と真理の実現という積極的理想は放棄しよう。民主主義制度の枠組みの中で、人類の共存・共栄に向けて地道な努力を続けよう」ということ。 著者自身も自覚しているように、主張そのものは別に目新しいものではない。しかし、これも著者がp166で述べるように、これを｢『哲学の不成立』という事情と『肯定主義』という現実の潮流にしっかり関連づけ」て論じている点が、本書の魅力。しかも韜晦とは一切無縁な、議論そのものに淫することのない、まっすぐな言葉で綴られている。それがどんなに貴重なことか！ まともに受け止めれば、現在の思想界に棲息する大半が、自ら恥じて筆を折ることになるはずだ。 でも、そうならないんだろうなァ。みんな密かに読んで、読んだことには口を噤み、読まなかったことにして、でもこっそり自分の立ち位置をずらしながら言論界を処世していくんだろうな。アイツも、アイツも、アイツも…（それとも逆ギレして、本書のシンプルさをナイーブさと曲解して叩くか？ あるいは狡猾にも、声高に本書を推薦したりして、自らのアリバイとするか？） また他方で、すでに著者の主張を体現する形で、尊敬すべき仕事をし続けているアノ人、アノ人、アノ人の名前も脳裡に浮かぶ。 読むべき本です。 誰もが薄々感づいていながらやりすごしていた身も蓋もない事実・「哲学は学問にはならない」を確信犯的な単純さにおいて明らかにした書物。もちろん、これまでにも哲学を内部から批判し、哲学の解消や脱構築を目指した書物はあった。しかし、それらは結局学問としての哲学の延命装置としてしか機能しなかった。本書の確信犯的な「身も蓋もなさ」は、それら中途半端な哲学批判さえも痛打する。後半はもう背中しか見えませんでしたが、約三千年を一気に走りきるその脚力に茫然。
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<title>エロスと精気(エネルギー)―性愛術指南</title>
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<description>前半、現代と中世、西洋や中国、インドの性愛について、学術的ともいえる分析が行われますが、最終章は一転して、具体的な性愛術の指南になります。 
この性愛術指南の内容が、あれ程深く分析した中国やインドの...</description>
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前半、現代と中世、西洋や中国、インドの性愛について、学術的ともいえる分析が行われますが、最終章は一転して、具体的な性愛術の指南になります。 
この性愛術指南の内容が、あれ程深く分析した中国やインドの性愛ではなく、ルドルフ．Ｖ．アーバン著『愛のヨガ』（本著ではフリードリッヒ・フォン・ウルバンと紹介している）で紹介されている、ポリネシアンセックスをベースにした性愛術であり、『愛のヨガ』の美味しいところを取って付けたように感じます。 
また、『愛のヨガ』ではこの性愛術の必要性を十分説明しているのですが、本著では上手く説明できてないように感じました。 
しかし、性愛術自体については、『愛のヨガ』より具体的に記述されており、実践のためのテキストとしては実用的ですし、実際、この性愛術はとても優れており、かつ、アダルトビデオがお手本にし、相手をイカすことだけが目的になってしまっている現代人にとっては、是非、知っておくべきものだと思います。 
技術重視であれば本著の最終章だけで十分ですが、グローバル化、標準化されてしまった現代の性愛術の問題点や、ポリネシアンセックスをベースにした性愛術の必要性、有効性について知りたい方には、『愛のヨガ』をおすすめします。 文章はちょっと難しく訳されてはいますが、歴史的背景や宗教的見地で性のあり方を追って行く考え方は大変興味深いです。
そして読み進むうち、あんなに学術的な文体なのに、実はとても無垢でロマンチックなものが作者の心にあることが見えてきて、
この本で紹介されているポリネシアンセックスも、そこが一番大切なことだと訴えているように思えます。

オーガズムは身体のたった一部、性器でのみ感じるものではなく、身体全体で、そして心と共に感じるものです。
愛と信頼を実感したふたりが、分かち合う喜びであり、エナジーを交換し合う瞬間なのです。
セックスはオーガズムが全てではなく、そしてそれを理解した恋人同士だけが、
ポリネシアンセックスに習う心霊現象のような絶頂感を迎え入れることができるのかもしれない、とこの本を読んで思いました。

いまの恋人をもっと好きになって愛し合いたいと思う、そんな本です。結婚して１５年、子供なし、お互いに仕事をもち時間があわなくてすれ違いもあり、ふと気がつくとセックスレスの生活に。。。新婚の幸せそうな友人と
飲んだ後、バカップルぶりにあてられ、ため息をつきつつフラッとはいった書店で見つけなぜか買ってしまいました。読み始めるとセックスについての知識（いろんな国での歴史とかをからめて）ポリネアンセックスについて語られていました。
恋人だった頃の夫と自分を思い出し、ダメもと（笑）かつ、旅の恥はかき捨て！の気合で彼にアプローチすると。。。今では外へ出かける際も手をつなぎ、（ちまたの若い人たちの視線がイタイですが。）車へ乗る際も助手席のドアを開けてくれるほどに溺愛されています。（笑）愛されているという実感のせいか、はたまた営みのせいか、会社でも若い子たちに色っぽいオネエさんと言われるようになりました。至福を求めるアナタにこの本をおすすめします。 ポリネシアンセックスとは何ぞやとこの本を購入した．

 アジア，ヨーロッパの文化的事柄やそれに対する筆者の考えが次から次に難解な文章で展開される．結局，分かったような分からないようなそんな状態が続き，以前読んだことのある哲学の本を思い出した．セックスが世界ではどのように考えられ扱われてきたか，最後の章以外はその知識が詰まったかなりお硬い本である．

 訳者があとがきの中で「内容が変」といっているように最後の章，特に最後の１０ページ程度はがらりと内容が変わる．私が知りたかったことはすべてここに書かれていた．コレまでは読者がどう思おうがお構いなしに展開されていた性にまつわるエトセトラがここで急に読者が実践しやすいようにとうまくまとめられた「性愛術指南」に変わる．そこにたどり着くまでの長く難しい文たちはこの奥義を手に入れるための試練のように感じられた．もし筆者がこの奥義に関することを言いたいがためにこの本を書いたのならば最後の部分以外は無意味なものだと感じた．
 
 この奥義，私はまだ試してないがそのうち試してみたい．自分はこれまでずっと、「いかに相手をよくするか」を追求してきましたが、最近では経験を重ねるにつれて「いかに一緒に気持ちよくなるか」が重要なテーマとなってきており、この本で書かれている方法（例えば中国の房中術やインドのカーマ・スートラ、ポリネシアンセックスなど）はとても参考になりました。本の構成としては、まず性が古今東西でどのような捉えられ方をしてきたかという話があって、具体的な「やり方」の部分は最後に書いてあります。なので、「前置きはいいから早くやり方を知りたい」というせっかちな人は、後ろから読むといいかもしれません（笑）。一番とっつきやすく実用的だと思われる、ポリネシアンセックスのやり方を簡単に言ってしまうと、「あまりしょっちゅうやらず（4-5日は間隔をあける）、前戯にはたっぷり愛情かけて一時間以上して、挿入後は一体感が出る30分間以上は動かずじっとしている」というものになりますが、実際にこれをやってみると、一般的なピストン運動中心のセックスがとてもガツガツしたものに感じられて、物足りなくなってしまいます。それぐらい、ポリネシアンセックスは満足度が高いものです（もちろん、オルガスムもたっぷり味わえます）。いわゆる刺激を中心とする「快感」の概念とは少し違う、一体感や愛情を中心とした「恍惚感」をセックスで得たい人にはオススメです。僕と彼女はこの方法を覚えてからというもの、週末は部屋に閉じこもりっきりです（笑）。
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<item rdf:about="http://28bookshop.bestbook-shop.com/detail/10/4007000964.html">
<title>ブームはどう始まりどう終わるのか (岩波アクティブ新書)</title>
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<description> 個人的にはブームと聞くと逆に意固地になって背を向けてしまう方なのだが、そんな私にとっても興味深い1冊だった。積極的に作り出したわけではなく、周囲でいつの間にか始まったクラシックカメラの小さなブーム...</description>
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 個人的にはブームと聞くと逆に意固地になって背を向けてしまう方なのだが、そんな私にとっても興味深い1冊だった。積極的に作り出したわけではなく、周囲でいつの間にか始まったクラシックカメラの小さなブーム。その始まりから崩壊までを、関連雑誌の編集長という少し離れた立場から定点観測的に見つめ、一方で自身もそれに巻き込まれた著者が淡々と語る当時の経験が、逆に臨場感をもってブームの素顔を伝えてくれる。
 クラシックカメラというやや特殊な商品(基本的にマニア向け、絶対数が少ない、再生産が不可能)で起こったパターンが、全てのブームに単純に当てはまるものではないかも知れない。だが、バブル経済やファシズムにも通じる集団心理の捉え難さ・ある種の恐ろしさえぐった本書は、単にブームを煽ってそれに乗りたがるだけのクズ本よりはるかに深く、世の中の仕組み、人間の本性を教えてくれるように思う。著者自身は結びの部分で本書について「ビジネス書にはとてもなっていない」と書いているものの、凡百のビジネス本が書き連ねる薄っぺらな精神論や予定調和の成功物語よりも、世のビジネスマンの皆さんが学ぶところは確実に多いはずである。
 ところで、本書の最後で著者がカメラ雑誌を畳んで新たに立ち上げたクラシック音楽の雑誌は、その後どうなったのだろう。折しも2007年末現在、そちらの方にもちょっとしたブームが来てしまっているようだが、一段落付いたら本書の続編のような形で顛末を書いてほしい気もする。
 社会現象としてのブームの盛衰について論じた学術寄りの本かと思ったら、違った。クラシックカメラブームの渦中にいた、あるカメラ雑誌編集長の体験談である。 

 正直なところ、彼の個人的な体験を一般化することも典型例と見なすこともできないと思うし、彼の論じるブームについての一般論にも統計的・実証的な根拠があるわけではないと思う。しかし、1つの事例を追った一種のノンフィクションとして読むと、それなりに面白い。もちろん当事者の語る体験談だから、真実のある一側面しかとらえられていないとは思うが。

内容はとても平易に記述されていて、非常に読みやすい。著者が後書きに書いているように、著者が事業の失敗を糧に本書を書き上げた本である。著者自身の事業がブームで成功し、ブームの終焉とともに著者の事業が終わった経験談を基に書かれているが、著者の事業を他の事業に置き換えて読めるところが、最大のセールスポイントである。本書は、とてもよくまとめられている。読後、目次を読み返すだけで、本書のポイントをきちんと把握できる。そのおかげで、目次で興味が惹かれた章や節を読むだけでも十分に理解できる。目次だけでも十分読む価値があるが、実は本文の中で著者の感慨が記された数行分が、とても優れている。例えば、著者は昨今、なかなか大きなブームが生まれない理由として、「業界内の人間だけではならまだしも、一般の人にまでブームを生み出すための仕掛けが完全にばれてしまっている」と論じている。その理由もきちんと挙げているので、仕事で興味がある人だけではなく、世の中の仕組みの裏側に関心がある人にとっても、非常に興味深い内容になっている。少なくとも、値段分の価値はある。クラシックカメラブームという小さなブームの当事者が自分の体験したブームを振り返るながら「ブーム」とは何かについて考える。ヒットは仕掛けられてもブームは仕掛けられない。「ブーム」は発見し、いつかは終わる。売り上げが落ちた時がブームの終焉なのに、人はそれを認めたらがない。なんとか分析して理由を見つけようとする。ブームの歴史をふりかえる事から経済や社会が見えてくる。 書店で偶然見つけた本ですが、掘り出し物でした。 ビジネス書というよりは、事件の体験者による社会心理学の報告書として読みました。もちろんビジネス書としても読めると思います。 私はやりませんが、株をやっている人には売り買いのタイミングに関する本としても読めるかもしれません。 バブルはなぜ始まってなぜ終わるか、ということに興味があったのですが、それの一つの答を得た気もします。 一番印象深かった文章は、（ブームがピークを過ぎたとき、売り上げの伸び率が鈍ってきたことを）「発見はできても、なかなか認識できない。なぜ鈍くなったのか、いろいろ分析しようとする。それがじつは落とし穴だ。」まさにその通り！と、膝をたたきました。 
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<item rdf:about="http://28bookshop.bestbook-shop.com/detail/11/4061491237.html">
<title>はじめてのインド哲学 (講談社現代新書)</title>
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<description>冒頭の言葉が魅力的に思えた：
    「自己と宇宙の同一性の経験」を中心軸としてインド精神史を追いつつ、
     そのテーマが、わたしにおいてどのような現実的意味をもつのかをさぐる

ブラフマンに...</description>
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<![CDATA[
冒頭の言葉が魅力的に思えた：
    「自己と宇宙の同一性の経験」を中心軸としてインド精神史を追いつつ、
     そのテーマが、わたしにおいてどのような現実的意味をもつのかをさぐる

ブラフマンに加えて、アートマンが見いだされた意味、サーンキャ学派・ヴァイシェーシカ学派・
ヴェーダーンタ学派の基礎部分が解説されている。そしてそれらは時代と共に変化・発展していく。
この本を読みながら、ナーガールジュナ（竜樹）とシャンカラを少しかじったのも理解の助けになった。
私も、インド哲学全体のあらましを知るのに良い本だと思う。


個人的には、哲学とは形而上学的なものを含む学問だと思っているが、
インド哲学は常に「世界の形成と構造に関するより精緻な理論」を求められてきたようだ。
説明しようとすること、それにより安心しようとすること、理論を作って安心しようとすることは
人間の根本的な欲望というか、サガであるらしい。この本を読んで大いにそう思った。
（しかし、細かく分けすぎ、やりすぎのように思う。やりすぎは常に危険である。）
（科学ではようやく、ほとんどの銀河の中心に巨大ブラックホールがあることを突きとめた段階である。）

もしできることならば、インド哲学は個と世界および個と個の関係にはほとんど関心がないこと、
すなわち世界観、社会観が欠落していることを言っておいてほしかった。冒頭で述べられた趣旨から
すると、やむを得ないのだが。
環境問題等は、お金で何でも買える主義、つまり資本主義のみでは解決できない。
哲学・ポリシーが欠落している人が多い昨今、社会観を含んだ新しい哲学が求められているのでは
ないだろうか？

要は、知識を得ることが目的ではなく、自分の頭で考え、踏み出すことが重要なのだから。
この本を読んであなたは、哲学についてどんな一歩を踏み出すだろうか？
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<item rdf:about="http://28bookshop.bestbook-shop.com/detail/12/4480086781.html">
<title>シュルレアリスムとは何か (ちくま学芸文庫)</title>
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<description>20世紀の最初にして最大の芸術運動「シュルレアリスム」。
本書はそのシュルレアリスムの中心人物であるアンドレ・ブルトンの研究者における「＜正しい＞シュルレアリスム」講義。
講演を字に起こしたかっこう...</description>
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<![CDATA[
20世紀の最初にして最大の芸術運動「シュルレアリスム」。
本書はそのシュルレアリスムの中心人物であるアンドレ・ブルトンの研究者における「＜正しい＞シュルレアリスム」講義。
講演を字に起こしたかっこうになっているため、表現がやわらかく、わかりやすい。図版とともに、丁寧な註が下段にはつ
いている。

「シュルレアル」のシュルというのは、日本人の我々にとってはお笑いなどでよく使う「シュール」という言い回しのほうが
なじみ深い。このシュールはもちろんシュルレアルからきているのだが、元来の意味は日本のそれとは異なっている。
超現実。それは現実を超えたところにある、現実と全くの「別物」、ではない。シュルレアリストたちが挑んだのはあくまで、
我々が存在する現実を描くことであり、彼らが描こうとしたのはその現実が時折見せる、まか不思議な別の一面の表象である。
別にそれは「異世界」や何かではない。

講演は「シュルレアル」「メルヘン」「ユートピア」三回に分かれていて、この三つは何も独立しているわけではなく、
筆者曰く三位一体である。加えて、そのどれも近代文学のキータームである。シュルレアリスムの段と同様に、他の二つ
の語についても、日本人特有の「勘違い」を指摘し、文学を紐解きながら「そもそものメルヘン」や「そもそものユート
ピア」が解説される。

ずっと後になってから日本でコメディアンのタモリが、ふとした瞬間に誰もが迷い込んでしまう可能性がある「奇妙な世界」
のストーリーテリングをすることとなる。
アンドレ・ブルトンらが描こうとした世界。それは、我々がなんら疑うことのない現実と地続きの、そういった「奇妙な世界」
のさきがけだったのかもしれない。

 シュルレアリスムとは何か、メルヘンとは何か、ユートピアとは何かの三回の講演記録。特に、シュルレアリスムの項は、おそらく、誤解しているシュルレアリスムをわかりやすく解説している。人物では、アンドレ・ブルトン、マックス・エルンスト。用語では、自動記述、オブジェ、コラージュ、デペイズマンがキーワード。また、脚注が優れていて、参考になる書籍や言葉の意味が紹介されている。
 超現実と現実は繋がっている。ここでいう超は「超える」ではなく、超スピードの超の意味にとるほうがわかりやすい。「現実」と「超現実」との間は、度合いや段階の差しかなく、連続している。「連続性」がヒント。「いつも見なれたおなじ町を歩いていて、ふだんは気がついていないんだけれども、あるときその町がちがうふうに見えてくる、なんでいうことはよくあります。（中略）道ばたをふと見ると石がおちていて、それが不思議な形をしていて、思わず拾ってきたくなる。鳥なら鳥の形をした石があって、つぎの瞬間にまた別の出来事がおこり、そこへ鳥がとんできて何か奇妙な動きをするとか、そんなようなことは案外よくあるんじゃないか。そこらへんから『超現実』を出発させたっていいわけです」（本文２７P〜２８P）
 なんとなくではあるが、シュルレアリスムが分かったような気にさせてくれる講演です。
おもしろく、かつ読みやすい本であると思う。というもの、講義ということもあり、語り口調で穏やかに進んでいく構成をとっているからだ。そのため、あっという間によめてしまう。
シュルレアリスムとは、一般的に日本で使われているような、「変わった、風変わりな」という意味ではなく、「現実社会に潜在する、“私”を介さないオブジェとしての現実」という風に理解することができた。私たちが普段している代表的なシュルレアリスム体験はやはり、夢だろう。確かに夢は、自意識ではコントロールできないが、確かに存在し、感知することができる。
 しかし、残念なのは、夢以外にシュルレアリスムの具体的体験があまり思い出せないことだ。よって、概念ではわかっても、リアリティを伴って理解できていないところがある。やはり、意識してシュルレアリスムを見つけようとする努力は必要なのかもしれない。シュルレアリスムについての３つの講義を本にしたもの。 


日本では「シュール」と言われることが多く、訳すと「超現実主義」になることから、日常生活から離れた全く現実的ではない別世界のようなものだと理解されているが、それは全く違うんですよ、というのが本書の主題。 
日本で理解されている「シュール」の内容と、「シュルレアリスム」は全くの別物で、同じだと理解している人はその理解が１８０度ひっくり返るはず。 

シュルレアリスムの芸術は、文学でも絵画でも、一見とても主観的のようにみえて、本当は主観的な要素はなく（絵画にはそういうものもあるみたいだけれども）、それらを作った作者・画家等にとってはどこまでも客観的でリアルなものを表現しているものだということが、しつこいぐらいわかりやすく説明されている。 

シュルレアリスムと関連の深いメルヘンやユートピアについても扱っているので面白かった。 
自分のような美術オンチでもわかるようになったのだから（少なくともわかったつもりにはなったのだから）本当に素晴らしい本です。副題に「超現実的講義」とあるように、著者が1993年から翌年にかけて渋谷のCWS(Creative Writing School）にておこなった講義をもとにあまれた一冊。三部構成で、順にシュルレアリスム・メルヘン・ユートピアが口語調でやさしく語ら、まったくの素人でもすんなりとはいっていくことができた。
第一部では、シュルレアリスムの語義をときほぐしながら、この語にまつわる通俗的な誤解がやんわりとたしなめられる。そして、一義的には定義を定め難いシュルレアリスム運動のそもそもの根本動機について、おもにブルトンの『宣言』を参照にしながら、適宜エルンスト、ダリ、マグリット、キリコらの絵画にも触れつつ語られる。
第二部以降でとりあげられるメルヘンやユートピアは、いっけんするとシュルレアリスムとは無関係に個々に独立した主題であるかのような印象をうける。もちろんそうした位置づけで読んでもおもしろいことがたくさん書かれているし、またシュルレアリスム運動のさらなる展開や深化についてもっと積極的に触れてほしかった、との思いがわかないわけではない。けれども、たとえばメルヘンと童話や神話との違いが論じられるなかで、シュルレアリスムとの異同も浮びあがってくるというスリリングな仕掛けもじつはほどこされている。
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<item rdf:about="http://28bookshop.bestbook-shop.com/detail/13/4061493019.html">
<title>＆lt;子ども＆gt;のための哲学 講談社現代新書―ジュネス</title>
<link>http://28bookshop.bestbook-shop.com/detail/13/4061493019.html</link>
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<description> この本には星をいくつ付けても足りません。僕の今までの人生の中で（と言ってもまだ15年ですが）出会った本で、これほど共感し、感動し、知的興奮を覚えた本はありませんでした（大袈裟だと思われるかもしれま...</description>
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 この本には星をいくつ付けても足りません。僕の今までの人生の中で（と言ってもまだ15年ですが）出会った本で、これほど共感し、感動し、知的興奮を覚えた本はありませんでした（大袈裟だと思われるかもしれませんが、本当です）。
 この本では、哲学は、（大人になるにつれて忘れてしまうような）＜子ども＞の問いを持ち続けることで誰でもできることだと書かれています。
 永井さんは「なぜぼくは存在するのか」「なぜ悪いことをしてはいけないのか」という問いを具体例とし、哲学する方法を示してくれています。
 これらの問いは僕も考えたことがあり、長い間、こんなことを考えているのは自分だけだと思っていました。しかし、1人の哲学者がそれらの問題をずっと持ち続け、僕なんかよりも深く考えている、と知って感動しました。
 僕は、第一の問いに対しては、自力では、認識論的独我論のところまでしか行けなかったし、第二の問いに対しては、「人間はみんな利己的だ」というところまでしか行けませんでした。
 また、「なぜ学校に行くのか」という問いに対する「権力関係による」という考えには納得しました。
 日本では「哲学」というと「青年の哲学」のことを思い浮かべる人が多いような気がします。この本は、僕のように＜子ども＞の問いを持った人の背中を押してくれる本として、＜子ども＞の問いを持ったすべての人に読んでほしいと思います。
 
 哲学者の永井均さんが書かれた本。
面白かった！

はるか昔、

「なぜ、わたしは一人しかいないの？」
「なぜ、人は死ぬの？」
「わたしは、どこからきたの？」

などについて、
ただただ、「知りたい」と思ったことはないだろうか？

この本の中には、永井先生が子どもの時に考えた

「なぜぼくは存在するのか」
「なぜ悪い事をしてはいけないのか」

という、２つの問いに対する考察が書かれている。
子どもの時の「知りたい」を、ずっーっと考え続ける事。
こに、哲学の原点がある。
だから、人の哲学の本を読んで、「人の哲学のまね」をするのでは、本当に自分が知りたかったことに辿り着くことはできない。
自分にとっての重要な問いを考えつづける事、自分の哲学をする事が「哲学」なのである。
自分は、「何も知らないのだ」ということを知っている、＜子ども＞にしか出来ない哲学。
この本を読んで、それを知ることが出来た。

処刑されていくソクラテスの、自分だけが真実を知っているという快感に近い勝利感、そして、偽善の匂いに敏感だったニーチェの道徳的概念体系などの話は、特に印象に残った。

知りたいと願いつづける＜子ども＞へ、オススメの一冊♪
  本書の構成
  ＜第一の問い＞なぜぼくは存在するのか
  ＜第二の問い＞なぜ悪いことをしてはいけないのか

  私は書名から判断して哲学の入門書かと思っていましたが・・・甘かった・・・。

  ＜第一の問い＞は、著者の考察が深すぎてほとんど理解できませんでした。
  「ぼくは存在するのか」なんていう問いは、正直私は人生において一度もしたことがありませんでしたし、
  またこれこそが「哲学をする」ということなんだとまざまざと思い知らされました。
  （この本はこの問いをまじめに何度かしたことがある方にはいいかもしれません）

  ＜第二の問い＞では、

  「道徳という まやかし がなければ世の中はよくならない」

  「たとえ まやかし であっても
   みんながそれを信じているほうが世の中がよくなるような、そういう＜うそ＞というものがあるのだ！」
  という著者の叫びは心に響きました。
  著者は気づかぬ方が幸せなのに道徳の本質というものに気づいてしまったようです。

  確かに人生には、真実を見てみぬフリをして幸福追求の道を選ぶのか、
  それとも真理(真実)を追究して幸福追求をあきらめるのか・・・
  この二者択一を迫られる場面がたくさんある。

  哲学者という者はこのバランスがとれない、というより見てみぬフリは絶対できない、
  共感ゲーム(中島義道氏の本に頻出）なんて嫌だ、
  「ほんとうのこと」を知りたい、つまり真理追究の道を選ぶのであろうと思う。
  
  ≪「生きづらい人へ」-憔悴した心を鷲掴みする本の紹介-≫ なるブログを書いてます。 
              興味のある方よかったらどうぞ覗いてみてください。 プロフのリンクからどうぞ。「君の恐ろしいというのは、恐ろしいという言葉を使っても差支えないいう意味だろう。実際恐ろしいんじゃないだろう。つまり頭の恐ろしさに過ぎないんだろう。僕のは違う。僕のは心臓の恐ろしさだ。脈を打つ活きた恐ろしさだ」
 私は兄さんの言葉に一毫も虚偽の分子の交っていない事を保証します。しかし兄さんの恐ろしさを自分の舌で甞めて見る事はとてもできません。 

夏目漱石 「行人」より

この本は漱石のこの記述を哲学で追及した労作である。
なぜ僕は僕として生まれたのか、他の誰でもなくて。いや、ひょっとしたら他の人はみんな僕を盛り上げるために存在するだけでは？僕の体の中にいて僕の目を通して世界を見ている人（僕）は本当はどこにいるのか？などなど。こんなことを考えたことがあるのは自分だけだと思っていた。これを独我論と言うらしい。中学生にも分かるように書かれたとされる本書だが、そうは思えない。哲学者がこれまで考えてきたことを紹介しているのではなく、自分ひとりで哲学をすることを薦めている。だから書かれているのは結論ではなく、考え方の一例。ただ一つ明確に答えている問いは、「なぜ学校に行くのか？」著者の答えは、「権力によって行かされるにすぎない」なるほど。
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<title>現代思想の冒険 (ちくま学芸文庫)</title>
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<description>生物の進化はミトコンドリア・ゲノムの解読で解明される。例えば、アフリカゾウは約７６０万年前にゾウ科から分岐し、マンモスとアジアゾウは約６７０万年前にゾウ科から分岐したと推定されている。同様に、哲学の...</description>
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生物の進化はミトコンドリア・ゲノムの解読で解明される。例えば、アフリカゾウは約７６０万年前にゾウ科から分岐し、マンモスとアジアゾウは約６７０万年前にゾウ科から分岐したと推定されている。同様に、哲学の進化は思考のゲノムとも言うべき言葉を解読する手法が重要である。なぜなら、進化は幹（とされる言葉の共通了解）だけではなく枝葉（とされる言葉の共通了解）からも起こり得るからである。例えば、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を読むと、著者自身が枝葉を突き進んで更なる進化の巨大な扉を前にしながらも、幹に立ち戻る場面がある。その扉は別の勇者が開くことになるだろう。
本書は、「現象学」の手法によって“現代思想の言葉を共通了解できる”道（i.e. 扉）の存在を解読する実験のように感じた。タイトルに冒険という名が付いたのもそのためであろう。『はじめての現象学』を読んでから本書を読むと、そのことはいっそう明白になる。

『現代思想の冒険』というには、現象学より後の「現代思想」に対する
著者の個人的な嫌悪感が強すぎて、「現代思想」が単純化されすぎています。

「現代思想」は、デリダ的な「懐疑論的パラドックス」と
ドゥルーズ的な「生成」の「ほぼこのふたつのどちらかに属しており」、
「ドゥルーズ的」な中沢新一は、
「カントの考えを反復しているにすぎないことは明らか」だそうです。
(p. 169−171)。
「現代思想」ってそんなに単純でしたっけ？

「大雑把に言えばデリダの"認識批判"の仕事は前者[思想から社会批判という性格をきっぱり取り払う]に近く、
ボードリヤールやドゥルーズの仕事は後者[社会批判の性格だけは残す]に近い」(p.104)。
これじゃあ、デリダの認識論が「社会批判」の仕事にコミットしていないみたいですね。

そもそも著者は「現代思想」と連呼し、
あたかも「マルクス主義」、「現象学」、「実存主義」などと同じように、
「現代思想」という名のグループがあるかのように論じ、批判し、切って捨てるのですが、
あれだけ一人ひとりが個性的な知性を誇り、
互いに激しい論争を繰り広げた思想家たちを、
あたかも一グループのように取り扱うのは、
初学者を誤った方向に導く危険が大きいと思いす。

「思想は、さまざまな人間のさまざまな考え方を単純化（原型化）しようとする努力なのである（この努力がちっともその理想に向かわないのは皮肉なことだ）。」
(p. 105)
これは著者の思い違いではないでしょうか。
特に「現代思想」では、できるだけ「単純化」から逃れ、
「迂回」などとも呼ばれる方法論を取ることが多いのは、
意図的なものでしょう。
むしろ「単純化」は竹田さん個人の思想観でしょう。
だから、本来複雑多岐にわたる思想を「単純化（原型化）」する本を量産しているわけです。
しかし、だからといって他の思想家たちが竹田さんと同じ考えを持っているわけではないはずです。守備範囲の広さ、明快な解説が素晴らしい。独特のチャートも、いいアクセントをなしている。ただ、ひとつ難を挙げるなら、最終章のバタイユに関する記述だろう。ご存知のとおり、竹田は、「欲望相関図式」を掲げ、「エロス的現象学」を提唱している(竹田青嗣『現象学入門』NHK出版、同『はじめての現象学』海鳴社など参照)。最終章では、こうした竹田自身の理論と、バタイユの理論が、渾然一体となっており、誤解を招きやすいのではないか。この点を除けば、再読、再々読にも値する、「座右の一冊」となりうる。橋爪大三郎『はじめての構造主義』、浅田彰『構造と力』との併読を薦める。とても読みやすいです。たくさんの思想を俯瞰し、そのなかで、現代思想がどのような位置づけにあるかを、比較し、位置関係を確かめながら、分かりやすく解説しています。初心者でも思想世界全体を見渡しているような爽快感が味わえます。 ようは、現代思想を知るのに、現代思想だけを読んでいては、道に迷うわけで、思想世界全体における、現代思想の位置がわからないと、現代思想のそもそもその意義がよく分からない、というわけです。そこで、この本は、デカルト、カント、ヘーゲル、マルクスといった、近代の思想や、ニーチェ、フッサールなどとの位置関係まで踏まえて、ソシュール、デリダ、ボードリヤール、ドゥルーズ、サルトル、キルケゴール、ハイデガー、バタイユを見ていきます。 この人のスタンスは、西研氏や橋爪大三郎氏と似ていて、現代思想に対して、わりと懐疑的なところがみられます。哲学の初歩を学ぶのに最適の本だと思います。難解な現代思想ですが、比較的易しい言葉で、丁寧に現代思想の流れと、その全体像を描いています。
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<title>孟子 不安と混迷の時代だからこそ―現代活学講話選集〈3〉 (PHP文庫)</title>
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<description>孟子の教えというよりも、安岡先生の教えを知る本だと思います。孟子そのものを知ろうとして購入した人には物足りないかも。けれども、得られるものは大きいと思います。そもれと、仏教を誤解されていると思います...</description>
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孟子の教えというよりも、安岡先生の教えを知る本だと思います。孟子そのものを知ろうとして購入した人には物足りないかも。けれども、得られるものは大きいと思います。そもれと、仏教を誤解されていると思います。仏教は決して虚無主義ではありません。縁起や空は一見、虚無主義のように思われがちですが、全く逆です。仏教の智恵は生命力に溢れた生の喜びの教えです。四書五経の中の四書の一つにあたる「孟子」
本書は「孟子」を安岡正篤先生が独自の視点により解説された白眉の書である

最近なかなか古典と呼べるものを敬遠しがちであったが、ふと久々に手を取った本書は改めて胸襟を正してもらったように感じた次第である

”敬”と”恥”というたった二つの語の中に人間の本質が内包されている
近時の自らを振り返ると甚だこの本質を掴めていない言動を発していたと反省を重ねるばかりであった

”兼愛交利”
公利と他利で交々に利する、互いに利益を交換すること
もらうのではなく、まず与えること

言論が強すぎる現代にあって、言行一致を心がけること
浅はか、軽薄になりがちな自分を見つめ直すのに本書はお薦めの一冊である

古典は静謐であることを思い出させてくれると同時に、いつも人間としての本質を掻き立て心躍らせてくれる

まず一読して頂きたい！

本書が刊行されたのは、昭和35年であり、今から40年以上も前という事
である。昭和30年代といえば、日本は戦後処理と高度経済成長のっ只
中にあった。著者は全国師友協会を設立し、成長著しい日本社会のリー
ダに、真のリーダにあるべき姿を訴えている。戦後の混乱した日本が進
みつつある方向に東洋思想の「孟子」の教えを添えて、(少し暴走気味な
部分もありますが・・)、独特な視点から提言がなされている。

特に、3章に取り上げられている「尽心章句」で、私自身は通勤電車の中
で、何回も繰り返し読み返した。著者の「活学」とは歴史を越えた先人
の教えは不変であり、ものが豊かになった現代においては意識の外に忘
れ去られた重要なことがぼんやりと意識的に感じる事ができる。観察の
「察」という文字の生い立ちを初めて知った時、なんとも表現ができぬ
エネルギーが湧いたことは、本当に忘れられない。

40年という年月を感じることなく、「活学」を実感できる一冊である。


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<title>身体論―東洋的心身論と現代 (講談社学術文庫)</title>
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<description>Eckhart Tolleが「The Power of Now」の中で悟りに至る過程での身体の重要性を述べていた。わかりやすい彼の本のなかでは、そこだけ実感として分かりづらかったのですが、これを読ん...</description>
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Eckhart Tolleが「The Power of Now」の中で悟りに至る過程での身体の重要性を述べていた。わかりやすい彼の本のなかでは、そこだけ実感として分かりづらかったのですが、これを読んで自分なりによーく納得できました。あと西田幾多郎の「無の場所」の意味もわかりやすく説明して下さっていてよかったです。
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<title>読む哲学事典 (講談社現代新書)</title>
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<description>体系的かつざっくりと学べる哲学の入書のようなものを探している人にお勧め。あるテーマに沿って、著者の意見や見解が述べられているわけではあるが、全体を通じて網羅されており概観をつかむのには適していると思...</description>
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体系的かつざっくりと学べる哲学の入書のようなものを探している人にお勧め。あるテーマに沿って、著者の意見や見解が述べられているわけではあるが、全体を通じて網羅されており概観をつかむのには適していると思われる。これが全てでは無いしこれから始まるというスタンスで読んでいただきたい。 一通り読むことによって、哲学とは何かと言うことを考えることが出来ます。一通りの哲学的な思考法や用語を分かり易く解説してくれています。おまけにそれを読むことによって考えを深めることも出来ます。非常に読み応えがありますから。納得の書物です。田島正樹氏は、永井均氏などとともに、わが国の優れた哲学者の一人であるが、学会などにはめったに現れないので、その姿を見た人は少ない。『ニーチェの遠近法』『哲学史のよみ方』などは、知る人ぞ知る名著だが、本書もまた、類書のない興味深い哲学事典になった。田島氏は、イギリスの哲学者マイケル・ダメットの系譜に連なる、｢反実在論｣の立場に立つ哲学者であり、その一貫した視点から哲学の重要概念を説明している。

本書の魅力は、分析哲学的な切り口ながら、それをはるかに越える哲学史の豊かな鉱脈を活用する、その驚くべき自在さにある。アリストテレス哲学を手馴れた道具のように使いながら、ギリシア悲劇から、モーツァルトのオペラ、現代日本の政治状況まで自由に横断するさまは、まさに哲学の快楽そのものであろう。田島氏は、この世に「新しい意味が生まれる」＝「(偶然による)創造」という視点から、哲学の諸概念を分析する。これは、ユニークで貴重な試みだ。「運と偶然」「ここと私」「自然とユートピア」「弁証法と(再)定義」「保守主義と左翼」「法と革命」「本質と時間」などの項目は、特に優れており、相互に深い連関があるという洞察に納得。
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<title>時間を哲学する―過去はどこへ行ったのか (講談社現代新書)</title>
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<description>荘子の「胡蝶の夢」の話から始まるという
凡庸な入口に不安を覚えた。

そのあと、ベルグソンやハイデッガーなど、
世界的哲学者たちの時間論に次々に難癖をつけ、
それ以上の省察を自分は得ているという口ぶ...</description>
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<![CDATA[
荘子の「胡蝶の夢」の話から始まるという
凡庸な入口に不安を覚えた。

そのあと、ベルグソンやハイデッガーなど、
世界的哲学者たちの時間論に次々に難癖をつけ、
それ以上の省察を自分は得ているという口ぶりで、
本文が170ページほど進む。

著者は、最後の40ページで、ようやく持論を話しはじめる。

しかしそれは理論の展開と呼べるようなものではない。

最後に驚くべきことに、論旨は宙づりなったまま、
とつぜん、それまで一度も言及されていない
マルチン・ブーバーの『我と汝』が強引に引用され、
それを結論めいたものにして本文が終了する。
＊この引用が、ラストの1ページ前！


これでは、時間についての鼻持ちならないたわごとにつきあってしまった
ということ以上の感想は持ちにくい。


講談社現代新書は、ときおりこういった
書物としての呈を成していない水準の物体（他には『エロイカの世紀』など）を
平然と世に送り出してしまうので、要注意だという思いを強くした。


野矢茂樹氏の『無限論の教室』を読み、時間についての哲学にはまってしまいました。
その次に読んだのがこの本でしたが、読む前にタイトルから想像していたのに比べ、正直期待はずれでした。

また、ときに彼の主張している内容が間違ているのではないかとさえ感じられました。
例えば第3章で提唱されている「印象時間」の概念についてですが、1時間に感じられた30分と1時間に感じられた2時間では、「客観的時間」こそ違えど「印象時間」では同じ「1時間」であると彼は主張します。そしてこの2つの時間の感じ方は長さとしては同じだとして平面グラフ上の同一軸に描くことができるとしています。しかし本当にそうなのでしょうか。前者（30分）と後者（2時間）は、どちらも同じく「1時間」であるように感じられたとしても、その2つの感じ方まで同じなのでしょうか。「これが1時間だ」と思う感覚それ自体もときに変化しうるもので、同じ「印象時間1時間」でもその感覚までも同じであるとは言えないのではないのでしょうか。感覚にはものさし（単位）がないのでそれを比較することは不可能なのではないかと思いました。仮にその感覚を「印象時間」の単位に置き換えたとしても、その置き換え方が違えば複数の感覚を比較することはできないと私は思います。

他にもいろいろ述べられており、私個人としては彼の主張に対しときに賛成、ときに反対できるといった感じでた。
彼の考えを学ぶ、というよりは彼の考えから学べた、という意味で読んだ価値はあったかもしれません。時間について過去の先人がおよそどのように関わってきたかが概観されている。新書として、そこそこの内容だと思う。時間について、本気で考えてみたい人には読書案内程度にしかならないと思う。時間とは何かということを、なるべく平明な文章でわかりやすく説いています。よくある専門書になると過去のの偉大な哲学者の引用からあーだの、こーだのと理論を展開することが多いのであるが、本書においては著者の方向性がしっかりしているため、そういう細かい部分は置いておいて、どんどん先に進みます。時間というものに興味をもった人、哲学というものに興味を持ち始めた人はお手ごろな書物だと思います。この本を読めば、自分なりに時間というものをどのように捉えていくかの道標になると思います。時間の利用法や性質ではない、時間そのものとは何か、に気持ちいいくらい真正面から取り組んでいる姿勢が哲学的と感じた。しかも哲学の奥地から語りかけるような内容にもかかわらず、素人にもわかってもらおうと、平易な表現にするため苦心していることがよくわかる。題名の通りの疑問をあたためてきた人にはかなり満足できる一冊であると思う。しかし、文庫本一冊まるまる使っても、著者はまだまだ言い足りない！という感じ、ありありだ。それにつられてか、私は読者としても、物足りない印象を持ってしまったので、その点で星4つになった。（私にとっては著者の次の作品に手を伸ばすきっかけになったのでかえってよかった。）
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<title>本当に生きるための哲学 (岩波現代文庫)</title>
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<description>この作品はかつて『本当に生きるために』というタイトルで学習院教養新書から出版されていたらいが、残念なことに入手が不可能になっていた。

哲学者の中島義道氏が推薦していたので興味があったのだが、読むこ...</description>
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この作品はかつて『本当に生きるために』というタイトルで学習院教養新書から出版されていたらいが、残念なことに入手が不可能になっていた。

哲学者の中島義道氏が推薦していたので興味があったのだが、読むことができなかった。このたび岩波現代文庫に収められたのを知って、とても嬉しくなってしまった。岩波グッジョブ！

中島氏の評にたがわず良い本である。大学での講義が元になっているようで、時折会話口調すぎてかえって読みにくい部分もあるのだが、著者が真摯に哲学する態度が（そして猫への限りない愛も）伝わってくる力作である。

それにしても、どうしてこの本が「緑」のシリーズなんだろう。岩波現代文庫で哲学・思想系は「青」のカバーなのでは？謎だ…。講演をもとに本にまとめたもので、読みやすい。ソクラテスなどギリシャ哲学について紹介しながらも、著者自身の多くの身近なエピソードを例にして語られているので、哲学をあまり知らない人でも興味を持って読めるだろう。ただ、「対偶」と書くべきところが「裏」となったりしている間違いがあるので、その辺りは注意して読む必要がある。
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<item rdf:about="http://28bookshop.bestbook-shop.com/detail/20/4061498428.html">
<title>愛国者は信用できるか</title>
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<description>自分の気に入らない言論を吐く人物を、「ウヨク」だの「サヨク」だのの二元論で直ちに他者化してしまうような低劣な議論がはびこる昨今において、一服の清涼剤とでも言うべきエッセイ。私は、よく「反日」とか「サ...</description>
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<![CDATA[
自分の気に入らない言論を吐く人物を、「ウヨク」だの「サヨク」だのの二元論で直ちに他者化してしまうような低劣な議論がはびこる昨今において、一服の清涼剤とでも言うべきエッセイ。私は、よく「反日」とか「サヨク」とかレッテルを貼られることがあるが、２、３の細かな点を除けば、著者と全く同意見である。どれが本物の「愛国心」かなどを競ってみても、結局は内ゲバにしかならず、不毛なことこの上ない。ナショナリズムを煽ると、それは必ず自分達にブーメランのように帰ってくることになる。 勝手に「愛国」と声高に叫んでいたものの変節ぶりや、調査で最近のネット右翼らがどう考えているのか等の内容だと見当をつけて読み始めたので、三島は兎も角、天皇に焦点を合わせ、大きくページを割いている本書は、正直期待はずれでした。
 著者が学生時代に運動していた頃、行動を共にしていた右翼の同士は多くが普通の勤め人となり、著者に「まだやってんのか？」と声をかけます。
 安保で盛り上がった学生運動者が、今では体制の補完物として管理する側に回っているのも、運動理念自体を信念をもって遂行していたのではなく、難しい事は分からないがとにかく騒げると、祭り感覚で参加していたからなのでしょう。
 西南戦争後、西郷のようなカリスマが出現し再び内乱が起きぬよう、明治政府は、大久保利通や伊藤博文でなく、天皇を担ぎ出してカリスマに仕立て上げ、民主主義と結びつきかけた愛国心を、天皇を愛する事＝愛国心として利用するようになっていく。
 私が、支配者でないものが愛国を唱える事に違和感を持つのは、それが続いているからであり、彼らが国内で騒音を撒き散らし、反対の声をあげるものを脅しているにもかかわらず、日本の石油確保の為に義勇兵としてイラクへ行く者も、中国や韓国で部品を製作したり商業展開を行なっている企業製品の不買運動も、外来語の廃絶を訴える者も、モスクワの赤の広場へ「北方領土を返せ！」との街宣も、在日米軍基地に突入覚悟で抗議行動を起こす者もいない現状が、彼らの言行不一致を証明しているからだ。
 藤原正彦の言うような「祖国愛」への言葉の差し替えでなく、姜尚中の言う「愛郷心」を先ずは、皆が住みよい地域への変革という形で具現化した後の集大成として、愛国心があるならば、受け入れやすいのではないかと思う。
 お任せ民主主義に慣れきってしまい、汗をかけなくなってしまった大多数の人が、それに沿って行動できるかは疑わしいが。著者の鈴木邦男氏は少し前に「ハンセン病元患者宿泊拒否事件」で有名になった酒井徹氏のサイト（と言うより酒井氏が鈴木氏のサイトに間借りしている）で知りました。右翼の大物という振れ込みとは逆のリベラルな言動には当時から興味を持っていたのですが、最新刊が出たと言うことでこの本を手に取りました。教育基本法改正案が国会で審議されている今、遅きに逸した感はありますが、多くの人に読んでいただきたい本だと思います。

氏は三島由紀夫の思想を軸に、「愛国心」と言う言葉の危うさを穏やかに語っています。長年の右翼活動から体で学んだ柔軟な思考が、自然な説得力を生んでいます。氏は「愛国心の奪い合い」「愛国心はならず者の最後の避難場所」等の言葉でソフトに表現していますが、要は「愛国心」という言葉は、使う者によってどんな理不尽なことでも正当化できる、危険な言葉だと言っているのです。
氏が言うように、高々200年の歴史しか持っていない多民族移民国家であるアメリカならば、愛国心を教えることは国体の維持という点で重要なことでしょう。でも、日本では国を（郷里を）思う心は自然に持っていて当たり前の感情です。学校で教えなくともオリンピックになれば日の丸君が代に違和感を持つ人などほとんどいない社会で、ことさらに「愛国心」を教育する…。そのことの胡散臭さがはっきりと見えてきます。

後半で語られる天皇についても愛国心という言葉と全く同じ危険性があると思います。しかし今も昔も「天皇」が「愛国者」によって好き勝手にいじくりまわされている、という話をしながらその危険性に触れないのは、やはり右翼の限界でしょうか。まあ今の時代、いじくりまわされて本当に困っているのは当の天皇陛下くらいだとは思いますが。
「にわか愛国者、アマチュア愛国者、おたく愛国者に、本当の愛国心を教えてやろう」という動機を元に、右翼であり自称日本一の愛国者である著者が日本の歴史や天皇制、そして自らの過去の告白を交えながら愛国心を論じたタイムリーな本である。

「愛」という言葉は、キリスト教をもとにした明治時代につくられた訳語であり、「日本人の情緒的表現の最高のものは、恋であって愛ではない」といった三島由紀夫の言葉をもとに、愛国心という言葉の中身を小気味よく「解体」していく。「上からの愛国心」「下からの愛国心」「愛国心の争奪戦」といった歴史的視点による考察は、なるほど実に理解しやすい。そして各場面で、愛国心やそれにまつわる言説や行動をしっかり複眼的に論じている。「愛国心はらず者の最後の避難場所である」といった著者にすると最も敬遠するべき言葉に対しても、一定の理解を示しながら、そこから言葉の中身を汲み取っていく姿勢は評価するべきであろう。

それにしても、終始一貫しているのは著者の寛容さであり、意見の対立する側からも何かを積極的に学ぼうとする姿勢である。「天皇制抜きの愛国心もあるだろう」として共産党も認めている。つまり必然的に「正論」「諸君！」を代表とする排外主義的愛国心に注文をつける内容となっている。
タブーだった愛国心論争も雪解けし、保守系の専売用語ではなくなった。「愛国心は心の中にもっていればいい」と主張する著者の意見に合わせて、この本を読んで、暇があればひとりひとりがこっそりと「愛国」とは何かをぼんやり考えれば、そこに何かしら新しい発見がでてくるかもしれない。 経済のグローバル化が進み、各方面で外国との交流機会が増え、他国との協調が欠かせなくなってきているにもかかわらず、多くの国において、治安問題や外国人労働者問題などで排外的になりがちな状況があります。そんな中で、排外的ナショナリズムとは一線を画した「国の愛し方」を示されています。
 一見平和的で受け入れやすい「愛国」と言う言葉を危険視し、「愛国心」という言葉の押し付けがましさを問題にしているのですが、「国を愛するな」という主張ではありません。「国を思う」とはどういうことなのかが述べられています。

「「愛」は無限定無条件なはずなのに、「愛国心」は自分の国しか愛さない。それどころか、他国とは敵対する、戦争もする。自国の中でも、ちょっと考えが違うと、「非国民！」と言って糾弾し、切り捨てる。」（24ページ）
「愛国心は元々は、自分の住んでいる共同体への愛着、一体感であり、郷土愛だった。それが、民族国家が出来て、「国家」への献身になった。」（184ページ）
「愛国心は国民一人一人が、心の中に持っていればいい。」（192ページ）

 つまり、愛国心の原点である郷土愛を基礎に据えることが必要なのです。暮らしてきた土地への愛着とか、ふるさとへの愛、家族愛などとの関わりの中で、国を思う心を持っていればいいのです。意味もわからずにあの歌を歌ったり、国を愛していることをわざわざ口に出す必要はありません。「言挙げしない」のが日本人の美徳なのです。

 右翼のイメージとはかけ離れた、真摯な姿勢に拍手。


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